まばゆいほど輝いて

それでも今日は往く

観光としての聖地巡礼と岩美って、少し違うと思うんです

今年の3月の終わり、友人とFree!聖地巡礼のために鳥取県岩美町へ行ってきました。いや、今更何を書くのって話なんですが、来週2回目の岩美に行くので自分なりに聖地巡礼について考えてみました。

 
その夏、私はFree!に大変心動かされました。高校生の葛藤や成長を巧みに描写していたFree!。高校生の友情やら努力にめっぽう弱い私は気づかぬうちにFree!の虜になっていました。かねてから聖地巡礼に行きたいとは言っていたものの、私生活が忙しく実現させることは難しくて、それでもいつかは行きたいねなんて。彼らの生きた町を、海を、山をどうしても自分の肌で感じて、考えたかった。どうやって大きくなって、これからどう育っていくのか。どんなものを見て育ったのか、全部全部この目で見たかったんです。そうして、3月。ようやく私の夢は叶いました。といっても大阪から鳥取なんてバスで行ったらすぐだし、随分と近くにあったものだなあと笑いました。
 
岩美についてからの世界は、本当に目を見張るものでした。「私はこの景色を知っている」と何度も思いました。山の緑と海の青がすごく綺麗で、青と緑の色を持つ二人に思いを馳せました。
そして何より、Free!が地元の方々に愛されていると感じた1日でした。観光協会の方はもとより、地域住民の方までFree!に詳しくて、聖地巡礼の観光客を温かく迎えてくれる。アニメと縁遠いと思われるおじさんやおばあさん、外国人までもが優しく喋りかけてくれた。そうして私は、景観以上に町の人々の優しさに魅了されることとなったのです。
 
大阪に帰ってから、この達成感はどこからくるのかと考えました。岩美への旅行は、私が求めていたもの以上に大きなものを与えてくれたように感じていたからです。そのときちょうど私は観光についての授業をとっていて、その中で聖地巡礼についても学んでいたのですが、教授のいうこともなんかイマイチしっくりこない。ブーアステインによる「擬似イベント」は有名だと思うのですが、これもイマイチ当てはまらないんだよなあ…私たちが体験した観光とは一体なんだったのだろうか。そうやって考えているうちに2度目の岩美行きが決まっていました。
 
そうして来週、私は再び岩美へ行きます。1回行ったはずの場所なのに、1回目よりわくわくしている自分がいます。そりゃあ、このために一眼レフを買ったし(買ったのは5月だけどそのときには岩美に行くのが決まっていたので、実質このためです)、しおりまで作りました(これは岩美のためじゃないけどイラレを買ったのでポチポチとやってみた)。それくらい楽しみにしてます…!
観光の授業、テストはなく自由記述のレポートで、恥ずかしながらも私はFree!聖地巡礼について書きました。テーマは「聖地巡礼が生んだ新しい地元愛」。なぜFree!というジャンルがここまで大きくなり、こんなにも愛されているアニメとなったのか。私は「地元の人々がアニメを媒介して町を愛し、Free!ここまで大きなものになった」とまとめましたが、今になって思えばこれも正しいのかは正直わかりません。もっと違う力が働いているのかもしれません。それでも、岩美の地で見た光景を私は忘れたくなかったし、今までいくつか聖地巡礼に行ってきましたが、岩美だけは違う匂いを感じたんです。
 
愛だなんて実在するのかもわからないものが観光を動かしているなんて、とんだ茶番だと思う方もいるかもしれません(実際私もそのレポートを後日読み直して笑ってしまいました。よく先生優つけてくれたとしみじみ思います)。だからこそ、私が感じたものの正体を確かめに岩美へ行きたいと思います。
 
 
 
っていう尻叩きをしないと帰ってきてもはてダ書けないなと思いこの記事を書きました!!!頑張れよ自分!!!